私がまだ中学生だった頃、先生が「休みの日にさざえ堂に行ってきた。面白い建物だったよ」と話してくれたことを、今でもふと思い出します。
大人になり、実際にその建物に足を踏み入れた時、「先生が言っていたのはこのことか……!」と、先生の顔を思い浮かべながら、世界がぐにゃりと歪むような奇妙な感覚を味わいました。
歴史を吸い込んだ古い木材の匂いと、歩くうちに平衡感覚がわからなくなる不思議な体験。
今回は、白虎隊で有名な会津若松の飯盛山に建つ、世界で唯一の木造奇建築「さざえ堂(正式名称:旧正宗寺円通三匝堂)」の奥深いミステリーへとご案内します。
メビウスの輪? 決してすれ違わない「二重らせん」の謎
さざえ堂の最大の特徴は、DNAの構造と同じ「二重らせん」のスロープ(回廊)になっていることです。
右回りにぐるぐると傾斜を上って頂上(太鼓橋)に達すると、今度は別のスロープを下ることになり、「上る人と下る人が、ただの一度もすれ違うことなく出口にたどり端く」という、まるでだまし絵やメビウスの輪のような一方通行の構造をしています。
なぜ、このような複雑な建物を造ったのでしょうか?
江戸の庶民が夢見た「VR巡礼空間」
江戸時代、庶民の間では「西国三十三所」などの観音巡礼が大ブームでした。しかし、遠く離れた西日本へ旅に出るのは、時間的にも経済的にも至難の業です。
そこで、このお堂を建てた僧・郁堂(いくどう)は考えました。スロープに沿って33体の観音像を配置し、お堂の中をぐるぐると巡るだけで「巡礼と同じ功徳が得られる」システムを作ったのです。
【世界的ミステリー】ダ・ヴィンチのアイデアが海を渡った?
この二重らせん構造を、郁堂和尚は「紙縒り(こより)を2本よじって思いついた」という伝承があります。しかし一方で、非常にロマン溢れる「世界的ミステリー」も囁かれています。
実は、フランスの世界遺産「シャンボール城」の中心には、これとそっくりな二重らせん階段があり、その設計者はあのレオナルド・ダ・ヴィンチだと言われています。
江戸時代、徳川吉宗による洋書解禁(享保の改革)をきっかけに、西洋の遠近法や建築の図版が長崎から日本へ持ち込まれました。
ダ・ヴィンチの設計思想がヨーロッパの書物に載り、それが海を渡って秋田の蘭学者へ伝わり、やがて会津のさざえ堂の設計に繋がったのではないか……という説があるのです。
天才ダ・ヴィンチの頭脳と、会津の職人の木造技術が融合して生まれた奇跡。皆さんは「こより説」と「ダ・ヴィンチ説」、どちらのロマンを信じますか?
【民俗学の視点】天を舞う龍か、地を這う蛇神か
さらに、ガイドである私が個人的にいつも「ハッ」とさせられる見どころがあります。
それは、お堂の入り口や柱に巻き付く「龍の彫刻」です。
一般的に神社仏閣の龍といえば、空を飛ぶ神聖で気高い姿(瑞獣)を想像しますよね。しかし、さざえ堂の龍はどこか様子が違います。地を這うような、原始的でうねうねとした「蛇」に近い土着的なエネルギーを感じるのです。
知的興奮を呼び起こす、アカデミックな空間へ
いかがでしたでしょうか。
ただの「変わった形の古いお堂」ではなく、そこには江戸庶民の切実な祈り、海を渡ってきたかもしれない最新の西洋建築技術、そして地域に根付くディープな民俗信仰が複雑に絡み合っています。
「旅の糸」では、こうした建築美や歴史の謎を、お客様ご自身の目で見て・体感していただきながら紐解く【教養(Academic)スタイル】のツアーをご用意しております。
木造建築が放つ特有の匂いと、平衡感覚が狂うようなあの不思議なスロープ。
ぜひ私たちと一緒に、ダ・ヴィンチの謎と江戸時代の祈りが交差する異空間へ、迷い込んでみませんか?
【補足:全国の「さざえ堂」豆知識】
実は「さざえ堂(三匝堂)」という様式のお堂は関東〜東北にいくつか存在し、「日本三大さざえ堂」と呼ばれるものもあります。しかし、完全な「二重らせん構造(スロープ)」を持っているのは、世界でもこの会津のさざえ堂だけです。
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名称 |
所在地 |
特徴 |
|---|---|---|
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会津さざえ堂 |
福島県会津若松市 |
【国重文】日本唯一の木造二重らせん(スロープ)構造。 |
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成身院百体観音堂 |
埼玉県本庄市 |
天明の大飢饉の供養で建立。外観2階・内部3層の日本三大さざえ堂の一つ。 |
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曹源寺さざえ堂 |
群馬県太田市 |
内部3層で規模は日本最大。こちらも日本三大さざえ堂の一つ。 |
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長禅寺三世堂 |
茨城県取手市 |
内部3階建て。賽銭が1階に集まるからくりがある。 |
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大龍寺羅漢堂 |
愛知県名古屋市 |
名古屋城天守風の外観を持つ、豪華な漆喰塗籠造り。 |
※その他、東京の西新井大師などにも三匝堂が存在します。各地のさざえ堂と建築構造を比べてみるのも面白いですね。