私が生まれ育った猪苗代町ではあまり馴染みがなかったのですが、以前、親戚の葬儀の際にいとこが話していた「ある美しい風習」の話が、年齢を重ねた今の私の心に深く響いています。
「お盆になってご先祖様が家に帰ってくる前に、あらかじめ迎えに行ってあげるんだよ。慣れない道で帰る時、親しい人が迎えに来てくれたら嬉しいでしょ?」
会津若松市の東北に位置する「八葉寺(はちようじ)」。別名「会津高野山」とも呼ばれるこの由緒あるお寺には、遠く室町時代から定着している「冬木沢詣り(ふゆきざわまいり)」という御魂(みたま)迎えの行事があります。
今回は、大切な人を想い、自身の心と静かに向き合う「大人のための祈りと教養の旅」をご案内します。
【歴史ミステリー】なぜ冬木沢が「あの世への入り口」なのか?
そもそも、なぜこの八葉寺(冬木沢)に会津中のご先祖様が集まっていると信じられているのでしょうか?
そのルーツは、今から1000年以上前、日本浄土教の祖であり「南無阿弥陀仏」の念仏を広めた空也(くうや)上人にまで遡ります。
空也上人が切り拓いた「祈りの地」
平安時代、まだ庶民のお墓という概念がなく、遺体が野原(野辺)にただ放置されていた会津の地にやってきた空也上人は、打ち捨てられた遺骸を丁寧に供養し、この冬木沢の地に埋葬し続けました。
やがて人々の中に、「私たちの祖先は皆、あの世とこの世の境界であるこの冬木沢に鎮まっているのだ」という篤い信仰が生まれました。だからこそ、お盆(8/13〜16)の前にあたる8月1日〜7日の間に、会津の人々はご先祖様を迎えにこの場所を訪れるのです。
(※この「冬木沢詣り」の風習そのものが、国の重要無形民俗文化財に指定されています)
全国でここだけ! 小さなお墓「木製五輪塔」の奉納
八葉寺には、全国のどのお寺にもない、非常に珍しく尊い供養の形が残されています。
それが、「小さな木製の五輪塔(ごりんとう)」の中に、亡くなった方の遺骨や遺髪、遺品の一部を納めて奉納するという風習です。
現在、境内には1万4千点を超える五輪塔が納められており、八葉寺ではご自身で彫刻・彩色ができる「手作り五輪塔一式」も用意されています。自らの手で木を彫り進める時間は、亡き人と対話する極上のグリーフケア(悲しみを癒す過程)になるはずです。
奇跡的に受け継がれた「空也念仏踊り」
もう一つ、八葉寺を語る上で欠かせないのが、毎年8月5日に奉納される県指定重要無形民俗文化財「空也念仏踊り」です。
実はこの踊り、一時期は会津で途絶えてしまっていました。
関東大震災と運命のリレー
大正時代、東京から訪れた「空也光勝会」の有志によって再び八葉寺に伝授されたのですが、その直後の大正12年、関東大震災によって東京の会が壊滅的な被害を受け、法灯が途絶えてしまったのです。
しかし、直前に踊りを受け継いでいた冬木沢の「空也光陵会」が、その伝統を奇跡的に守り抜き、現在まで十数代にわたって受け継いでいます。歴史の運命的なリレーに、思わず鳥肌が立ちます。
茅葺き屋根の傑作「阿弥陀堂」と、心静まるひととき
境内の中央に建つ国指定重要文化財「阿弥陀堂」は、重厚な茅葺き屋根でありながら、まるで羽ばたくような軽快な反りを持つ、室町〜桃山時代の建築の傑作です。昭和初期にここを訪れた貴族(東伏見邦英伯爵)が「会津旅行中で最も美しい建築物だ」と絶賛した記録も残っています。
「旅の糸」では、こうした会津特有の死生観や、阿弥陀堂の建築美を、ガイドが優しく解説する【教養(Academic)スタイル】のツアーをご用意しております。
「顔の浮かぶあの人の、喜ぶ顔が見たいから」
そんな温かい気持ちを胸に、会津の深い歴史と自然に包まれる八葉寺へ。ぜひ私たちと一緒に、心を洗う大人のフィールドワークに出かけませんか?