【会津・歴史探訪】白亜の洋館に隠された「幕末の悲恋」とは? 皇室が愛した猪苗代の別邸「天鏡閣」


猪苗代湖の美しい水面を見下ろす緑豊かな高台に、まるで映画のセットから抜け出してきたような、美しい白亜の洋館が建っています。

国の重要文化財にも指定されている「天鏡閣(てんきょうかく)」。 明治41年(1908年)、有栖川宮威仁(ありすがわのみや たけひと)親王殿下が、この地の風光の美しさに魅了されて建てた豪華な御別邸です。のちに大正天皇となる嘉仁親王殿下が滞在され、李白の詩にちなんで「天鏡閣」と命名されました。

もし皆さんが明治時代の皇族や貴族だったら、どんなドレスを着て、この豪華な洋館でどんな時間を過ごしたでしょうか? 今回は、明治の最高峰の建築美と、この有栖川宮家にまつわる「胸が締め付けられるような歴史のドラマ」をご案内します。

豪華絢爛! 明治のロイヤル・インテリアを堪能

ルネッサンス様式を基調とした木造2階建ての館内に入ると、そこは完全に「明治のロイヤル・ワールド」です。
各部屋には、イギリスから輸入されたマジョリカタイルの美しい暖炉が26基も備え付けられ、天井からは愛らしい天使の装飾が施されたロココ調のシャンデリアが輝いています。

当時の社交場「球戯室(ビリヤードルーム)」

特に面白いのが「球戯室」です。 当時の上流階級の社交場には欠かせない部屋ですが、ここに置かれている玉突き台は、なんと横浜の三渓園を造った大実業家・原三渓から譲り受けたものだと言われています。
照明器具も「ゲーム中に球の影ができないよう」に工夫されており、当時の貴族たちがここで優雅に、そして真剣にゲームを楽しんでいた様子が目に浮かびますね。

皇族への愛と思いやりが生んだ「福島県迎賓館」

天鏡閣の敷地内には、もう一つ見逃せない重要な建物があります。純日本風のたたずまいを持つ「旧高松宮翁島別邸(現・福島県迎賓館)」です。

洋館である天鏡閣がすでにあるのに、なぜわざわざ和風の別邸を建てたのでしょうか?

実は大正11年、高松宮宣仁親王殿下が、還暦を迎えられる威仁親王妃(慰子殿下)の体調を気遣い、「畳のある和風の建物の方が、心安らかに静養できるだろう」と、1年余りの歳月をかけてこの極上の日本建築をプレゼントしたのです。

皇族の家族愛と、日本の伝統的な職人技が結集した、温かくも格式高い空間です。(現在は期日限定で特別公開されています)

【歴史ミステリー】有栖川宮と和宮、引き裂かれた悲恋

さて、この美しい別邸を建てた「有栖川宮家」ですが、幕末の歴史において、最もドラマチックで悲しい運命を背負った一族でもあります。

皆さんは、徳川14代将軍・家茂に嫁いだ悲劇のプリンセス「和宮(かずのみや)」をご存知でしょうか? 実は和宮は、もともと有栖川宮熾仁(たるひと)親王と、6歳の頃から婚約をしていました。
二人は深く想い合っていましたが、黒船来航による国の混乱を鎮めるため(公武合体)、幕府によって強制的に婚約を破棄され、和宮は涙を飲んで江戸の将軍家へと嫁がされたのです。

美しき洋館で、歴史のロマンに浸る

いかがでしたでしょうか。 有栖川宮家は、大正時代にその後継者が絶え、名門の歴史に幕を下ろしました。しかし、彼らが愛したこの猪苗代の別邸は、今も変わらぬ美しさで湖畔に建ち続けています。

「旅の糸」では、こうした華やかな建築美の鑑賞とともに、その裏に隠された人間ドラマや歴史の皮肉を、ガイドの豊かな解説で味わっていただく【教養(Academic)スタイル】のツアーをご用意しております。

きらびやかなシャンデリアを見上げながら、幕末から明治へと駆け抜けた人々の「愛と運命」に思いを馳せてみませんか? 皆様とご一緒に、このロマン溢れる空間を歩けることを楽しみにしております。

裏磐梯を、もっと自由に。もっと深く。

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